とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2009-03

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田中正造の<法の精神>

田中正造の<法の精神>

断片的に考えてきた、田中正造のことをすこしづつ書いていこうと思う。

家永三郎著『日本近代憲法思想史研究』(岩波書店)では、「国民の間で自発的に形成された憲法思想」ということで、田中のことが高く評価されている。家永の田中の分析は、田中が明治憲法を受容しながらアカデミズム憲法学とも官憲的解釈とも違う「人民の権利」擁護の武器として憲法を理解していた点にあるという。そして、その淵源として「忘れ去られた明治前半期の民主主義的憲法感覚の復活を見るべき」とも言っている。
しかし、田中の憲法感覚は、最初から、明治憲法を超えていたのではないだろうか?ただ、彼の明治憲法感覚は、その「天皇観」とも微妙につながっている。
このことを現代からの視点でどうみるべきだろうか?
家永は、それらの、田中の「法の精神」というものの根源にはふれることなく表面的な紹介にとどまっている。
これからの、私の論考は、この田中の「法の精神」の奥底をたどる長い旅となるだろう。そして、その旅は、田中個人を超えてその関連の人物・事物の森のなかにはいっていくものとなるに違いない。

家永も引用している、田中の日記。

大正2年6月7日
「人権の尊さを知らざるべからず。人権は天の所有なり、人之を守る。」
とある。

「人権」とは、西欧語だろう。「天」は儒教だろう。このふたつの世界を田中はどのようにつないだのか?
その問題意識からはいっていこうと考えている
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プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

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