とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2017-07

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

私は、なぜ、教科書裁判の原告となったか?

「なぜ、裁判の原告になったか?」

(黒羽から歴史と教育を考える会代表) 

白崎一裕


なぜ、裁判の原告となったか?その思いは、大きく以下の三点に要約できる。

一、 扶桑社版教科書の歴史認識の挑戦をうけて、あらたな「歴史観」を構築するために。

扶桑社版の歴史観は、日本の近・現代史を100%肯定する、皇国史観の焼き直しであり(古代史も、そのための補強の材料に使用されているにすぎない)中華思想を日本中心に置き換えた「冊封思想」の改造版でもある。しかし、これでは、東アジアの新しい秩序は構築できない。東アジアの未来は、国際法共同体への参入とその視座からの日中韓の関係史の再構築でなければならないだろう。その問題提起を地域から発信する裁判にしていきたい。

二、「運動的訴訟」への共感。

愛媛の方々の運動・方法論や思想は、市民が「法」を自らのものに取り戻すものである、という私なりの感想があるが、そのことへの連帯・共感がまず最初にある。これまで、裁判というのは、憲法で保障されている権利でありながら、官僚主権と専門家主導のなかで、一般市民からは敷居の高いものと考えられてきた。しかし、生田弁護士のサポートを受けて、法を官僚主権・専門家権力から市民のもとへ取り戻す動きとして愛媛の「運動的訴訟」に連なってみたいという思いがある。これは、今後、どうなるか分からない。ただ、裁判を超える裁判へ!という道になることだけは確かだろう。

三、 「教育行政」そのものを問い直す。

教育に関する国際人権法(子どもの権利条約)や先進的な教育改革の流れは、教育の自治や教師の自治、子どもの学習権の保障が当たり前のものとなっている。しかし、日本の教育行政は、学校教育法や地教行法で地域・地方自治とは無縁なものとなり、教育委員会は閉鎖的なものとなっている。また、憲法違反ともいえる「教科書検定問題」は依然、手付かずのままである。こういう教育行政のありかたを「主権在民」のものとしていきたい。そのことを実現するために、教育行政関連についての「法の発展」に寄与できるような裁判にしていきたい。また、黒羽町・湯津上村は、別の教科書採択を決定していたが、「市町村合併」により、その決定は無視された。これを「合併」による「教育の自治」の破壊ととらえ、その「合併」の不当性の視点からの問題提起をしていきたい。

以下が、「自治」に関する資料である。
田中正造・明治45年一月の日記
「国造りをなせし古来の居住、今の町村は天来の己得権なり。----
  近年人造、今のよの人が造れる法律の己得権と同じからず。神の造りし天来にして、無上最大の己得権なり。即ち今の国なり。之を破るは国を破るなり。」
足尾鉱毒事件の闘いの中で、造られた、村落は自然権であるという思想。村落は自治権を有し、これを破壊することは許されない、という「村落観」である。

五日市憲法草案
77「府県令ハ特別ノ国法ヲ以テ其綱領ヲ制定セラル可シ府県の自治ハ各地ノ風俗習例ニ 因ルモノナルカ故ニ必ラス之ニ干渉妨害ス可ラス其権域ハ国会ト雖モ之ヲ侵ス可ラサルモノトス。
地方自治の条文である。中央集権に懸命であった明治政府にはまったく考えられない条文である。地方の 自治は国会の権限をも凌駕するというもの。 



付記
「合併」がなぜ、不当なのか?ということについては、上記の資料と共に補則が必要だろう。
ルソーは、その著書「社会契約論」で、「民主制は小国に適しーー」と述べている。この意味は、民主制を考えるとき、その制度のサイズを問題にする必要があるということだと思われる。日本の近代化は、自然村から、明治・昭和と合併を続けて、行政区の拡大を図ってきた。しかし、それは、行政の官僚化を招き、民主制の基本のひとつである「自治」の精神からは遠ざかっていった歴史ともいえる。また、戦後デンマークの精神ともいえる。ハル・コックは、『生活形式の民主主義』のなかで、「――500人以上の人々が参加する政治的な会議を禁じることが健全な民主主義へのステップだったであろう。」と述べている。

上記のハルの言葉もルソーの言わんとすることの具体的な例としてあげておきたい。
 要するに、民主的な風土では、小さいサイズ、顔のみえる関係が重要だということである。民主的な討論が機能し、公論を形成するためにはそのことを念頭においておかなければならない。
 以上の様な諸点から、合併による行政区の拡大の不当性を訴えると共にそのプロセスで生じてきた「教科書採択」問題に言及していきたいと考える

 | HOME | 

FC2Ad

 

プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。