とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2017-09

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儒教を再読・再考するために①

扶桑社版教科書採択の中心人物。大田原市の小沼教育長が「論語素読塾」をはじめるとか。以下です。

http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top
/news/20080904/45046

そこで、このブログでも、ノート形式で、儒教や論語を再読していきましょう。
さて、まず、最初に、松浦玲さんの『明治維新試論』(現代評論社)の「アジア型近代の模索」という文章の引用からはじめます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「ーー徳川時代の政治は、儒教的評価基準で採点評価されてもやむをえないという義務を背負っている。それでは、やってみようかと採点してみると、成績はてんでダメなのである。
 ダメな原因ははっきりしていて、政治支配階級が強権でもって固定された社会的身分としての世襲武士だというところにある。これは、儒教、とりわけ徳川幕府が体制教学として受容した近世儒教(宋学ー朱子学)と相容れない。(中略) 日本の近世儒教の展開過程は、世襲武士体制と衝突しないように儒教本来の理念をつくりかえていった歴史だと断じても、決して言いすぎではない」(p7~p8)

ここで、松浦は近世儒教は、儒教本来の理念をつくりかえていったーーーと主張する。そうだとすると
儒教本来の理念とは何か?が問題となるであろう。そのことを継続してみていきたい。

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プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

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