儒教を再読・再考するために
続いて、松浦玲さんの「アジア型近代の模索」から引用しよう。
「−−元来の儒教は、孝を中心とした教えである。親子の関係は、当人の
意志を超えて生まれながらに決まっており、人間の力で動かすことはできない。
逃げだすことはできない。
だから、親に孝を尽くすのは子にとって絶対的な義務
であって、親が極悪非道でも見捨てることは許されない。これにくらべると君臣関係
(←忠、引用者)は第二義的である。これは、儒教の政治学を勉強した読書人が
たまたまある君主と政治的理想が合致したから、その下に仕えて腕を振るうとい
うにすぎない。
自由契約の関係である。したがって、君主と意見が合わなくなれば
辞職する。(中略)ところが、日本近世の世襲武士体制は、全く事情が違う。
武士は世襲的主従関係の中にあるわけで、禄を離れると当人が飢えるだけでな
く家が崩壊してしまう。したがって、禄を貰い続けるために主君の命令に絶対無条
件に従うことが、近世武士にはなにより大切である。そこで日本の近世儒教は、忠を
孝と同列に置き、さらには孝を上廻る無条件服従の観念につくりかえてしまった。」
上記の傍線部に注目していただきたい。(この稿は続く)
「−−元来の儒教は、孝を中心とした教えである。親子の関係は、当人の
意志を超えて生まれながらに決まっており、人間の力で動かすことはできない。
逃げだすことはできない。
だから、親に孝を尽くすのは子にとって絶対的な義務
であって、親が極悪非道でも見捨てることは許されない。これにくらべると君臣関係
(←忠、引用者)は第二義的である。これは、儒教の政治学を勉強した読書人が
たまたまある君主と政治的理想が合致したから、その下に仕えて腕を振るうとい
うにすぎない。
自由契約の関係である。したがって、君主と意見が合わなくなれば
辞職する。(中略)ところが、日本近世の世襲武士体制は、全く事情が違う。
武士は世襲的主従関係の中にあるわけで、禄を離れると当人が飢えるだけでな
く家が崩壊してしまう。したがって、禄を貰い続けるために主君の命令に絶対無条
件に従うことが、近世武士にはなにより大切である。そこで日本の近世儒教は、忠を
孝と同列に置き、さらには孝を上廻る無条件服従の観念につくりかえてしまった。」
上記の傍線部に注目していただきたい。(この稿は続く)



