とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2017-07

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

儒教を再読・再考するために②

続いて、松浦玲さんの「アジア型近代の模索」から引用しよう。

「--元来の儒教は、孝を中心とした教えである。親子の関係は、当人の
意志を超えて生まれながらに決まっており、人間の力で動かすことはできない。
逃げだすことはできない。

だから、親に孝を尽くすのは子にとって絶対的な義務
であって、親が極悪非道でも見捨てることは許されない。これにくらべると君臣関係
(←忠、引用者)は第二義的である。これは、儒教の政治学を勉強した読書人が
たまたまある君主と政治的理想が合致したから、その下に仕えて腕を振るうとい
うにすぎない。

自由契約の関係である。したがって、君主と意見が合わなくなれば
辞職する。(中略)ところが、日本近世の世襲武士体制は、全く事情が違う。

武士は世襲的主従関係の中にあるわけで、禄を離れると当人が飢えるだけでな
く家が崩壊してしまう。したがって、禄を貰い続けるために主君の命令に絶対無条
件に従うことが、近世武士にはなにより大切である。そこで日本の近世儒教は、忠を
孝と同列に置き、さらには孝を上廻る無条件服従の観念につくりかえてしまった。」


上記の傍線部に注目していただきたい。(この稿は続く)

 | HOME | 

FC2Ad

 

プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

FC2カウンター

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。