シモーヌ・ヴェイユによる東京高裁批判
2008年11月27日、われわれの控訴は、棄却された。すぐに上告手続きをして最高裁に12月11日上告した。棄却の理由は、地裁判決とまったく同じことで、「−−控訴人らの具体的権利あるいは法的権利が侵害されている旨の主張がされているということはできない」というものだ。この憲法訴願を認めない論理は、憲法の基本権の趣旨からいって断じておかしいと考える。究極の解決法は、スカスカの憲法を変えて、憲法裁判所の規定を盛り込むべきだと考えるが、その前に、高裁の、そして、日本の司法の奇妙さを指摘しておきたい。
私の敬愛する思想家のひとり、シモーヌ・ヴェイユの最晩年の論文集、「ロンドン論集」(1942年〜43年)のなかに、私が注目する短い4本の論文がある。
「臨時政府の正当性」「人間にたいする義務宣言のための試論」「新憲法草案に関する考察」「新憲法のためのいくつかの重要概念」である。
ここで、ヴェイユが強調していることは、次のとおりである。1、共和政体の重要性。2、主権は国民にあるという文言への疑問と、「正義は主権の中の主権である」こと。3、共和政は、力が陥りがちな抑圧を限定する。4、人民投票の重要性。5、大衆民主主義への批判。6、司法>立法>行政の階層性。などである。
上記テーゼをもとに、日本の形骸化した司法への批判的試論を随時掲載する。
私の敬愛する思想家のひとり、シモーヌ・ヴェイユの最晩年の論文集、「ロンドン論集」(1942年〜43年)のなかに、私が注目する短い4本の論文がある。
「臨時政府の正当性」「人間にたいする義務宣言のための試論」「新憲法草案に関する考察」「新憲法のためのいくつかの重要概念」である。
ここで、ヴェイユが強調していることは、次のとおりである。1、共和政体の重要性。2、主権は国民にあるという文言への疑問と、「正義は主権の中の主権である」こと。3、共和政は、力が陥りがちな抑圧を限定する。4、人民投票の重要性。5、大衆民主主義への批判。6、司法>立法>行政の階層性。などである。
上記テーゼをもとに、日本の形骸化した司法への批判的試論を随時掲載する。



