とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2017-09

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しみん文庫書評「月刊ボランティア情報VOL166 2009年12月号」掲載『介護労働を生きる』

『介護労働を生きるーー公務員ヘルパーから派遣ヘルパ
ーの22年』白崎朝子著
現代書館 定価1600円+税

評者 白崎一裕

すぐれたルポルタージュとは何だろうか?それは、批評精神に富んでいることだと評者は考えている。それならば、批評とは何だろうか?批評とは、「総合性」と「現実性」をあわせもつ表現のこと、と定義したい。今回、ご紹介する本書は、まさに、その定義された批評精神の結晶体である。
 
介護サービス提供事業者のコムスンの不正請求問題からおきた介護現場の混乱は「コムスンショック」といわれた。それに伴い、介護サービス業者批判や介護保険制度批判、介護労働現場の問題点などがマスコミで連日報道されていたことをご記憶の方も多いだろう。しかし、その介護現場の当事者の生の声を直接聞くことはあっただろうか。著者は、介護労働に20年以上たずさわる経験をもとに、介護労働からの生の声の礫(つぶて)を読者になげかける。評者も支援機器(福祉用具)の販売の仕事にかかわっている関係で、介護労働の現場を傍らで見つめ続けてきた。そして、その労働の重要性と困難性を目にするとき、心から応援したい気持ちをいだいてもいた。しかし、本書を読んで、傍観者的な気分が吹き飛ぶこととなったのである。

介護労働の一番の特徴は、それが感情労働とよばれるものであるということだ。感情労働とは、「他者」に身体や知識・技術のみだけではなく感情の移入や同化などを必要とする労働のことだ。これらの労働は、そのため、充実感も大きいが「我」と「他者」の関係のありかたや、その「関係」をとりまく状況によっては大きな苦痛を伴うものともなる。

このことを認識しない介護保険の制度改革は何の意味もないだろう。介護労働という感情労働をフォローする制度でなければならないのだ。これらをふまえて、介護労働現場の問題点があぶりだされる。圧倒的な低賃金、神経をすり減らす長時間労働(介護労働者の疲労高蓄積群割合は、通常の女性労働の三倍)、女性が主力の職場だからこそおきる介護労働への差別的扱いとジェンダー問題の二重構造、介護利用者から介護労働者へ、またはその逆のセクハラ(性的搾取)、そして、利用者への構造的暴力である虐待、介護労働者のバーンアウトと二次受傷(セカンドリィ・トラウマ)、労働運動ができない介護労働者のメンタリティ等々である。介護労働現場の問題解決には、まず、介護労働者の人権擁護が大前提であり「選択肢をたくさんもったゆとりがある状態の人間が、介護という仕事を選ぶべき」(本書p185)ということが必要だ。ホームレス支援にも取り組む著者は、間違っても「派遣切りの労働者には、介護労働があるだろう」などという無責任な発想はすべきではなく、その考えを再考すべきだ!と述べている。評者もまったく同感だ。

著者は、介護には「愛」が、介護労働現場には「希望」が必要だと締めくくっている。著者が参考文献とする『我と汝』において、孤高の宗教哲学者マルティン・ブーバーは、「愛は<なんじ>にたいする<われ>の責任である」と言う。すべてのひとびとの介護現場への責任として、本書を読むことをお勧めする。

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プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

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