とちぎ教科書裁判通信

大田原市の扶桑社版歴史・公民教科書採択取り消し裁判の私的記録集

2017-07

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月刊ボランティア情報、市民文庫・書評『自然法』ダントレーヴ 著 久保正幡訳 岩波書店

『自然法』A.P. ダントレーヴ 著 久保正幡訳 岩波書店 定価(本体2400円+税)

評者 白崎一裕

現在の安部政権は、様々な掟破りをおこなっている印象がある。そのなかでも特に際立ったのが集団的自衛権の閣議決定だ。集団的自衛権を認めるにせよ認めないにせよ、憲法解釈を行政権の一部である内閣がおこなうということには重大な問題がある。憲法解釈の権利があるのは、三権分立において司法のトップである最高裁に限られているはずだ。それを無視するということは、憲法を完全に停止してしまったに等しい。歴史的には第二次大戦直前のナチスが全権委任法を制定し、憲法を停止してヒトラー内閣の立法的優位をあたえた論理と同じである。ここで注意してほしいのは、ヒトラーと同じ行動だから現在の日本がファシズムになっていると言いたいわけではない。重要なのは、日本の近現代史の中で憲法が憲法 として広く国民の中に浸透して機能してきたか、ということを問いたいのだ。憲法とは何なのか?法とは何なのか?今一度、じっくり考え直してみようではないか。そんな意味で取り上げたのが本書である。

そもそも、なぜ「法」が必要なのか。人間は、社会的存在でなんらかの集団を形成していく存在だが、個人個人はなかなか、折り合いのつかない分かり合えない存在である。たとえ、善意で行動しても人間関係には思わぬトラブルの種が潜んでいることが多い。個人と個人の関係をスムーズに進め社会をつくっていくためにはお互いの人間関係を調整する何らかの規範が必要となる。しかも、それぞれの個人が納得してその規範を支持して従う基盤がなければならない。これこそが「法の精神」であり「法という文化」である。法は、けっして懲罰的な決まり事ではなく、自由や尊厳が生まれる文化的根拠なのだ。身近なたとえ話をしよう。交差点の信号機は、赤は止まれ、青は進めというように決められている。ここで、「俺は決まりごとなんか嫌いだから、信号なんて意味がない。自由に進ませてもらう」と信号を守らないとしよう。そうすると信号規則を守る人とそれぞれの行動がバッテイングして、「俺」の「自由」が保たれなくなる。自由を選択したつもりが、信号規則(法)を無視することにより、自由が損なわれる逆説的なことがおきてくる。信号規則があることにより交差点の進入がスムーズにおこなわれ、行動の自由が保障される。まさに、法があるから自由が生まれるということだ。

憲法は、その法のなかでも、国家がつくる法(実定法)のありかたを決める最高法規だ 。これを「憲法は実定法を制限する」というが、この憲法と実定法のありかたの原型が自然法と実定法の関係に重なる。まず自然法という言葉が聞きなれないだろう。しかし、立憲主義を生み出してきたヨーロッパの政治思想の根幹にこの自然法があり、法思想史的には、ローマ法や中世の教会法に自然法の源流が求められる。たとえば、中世ヨーロッパでは教会法が自然法の根拠とされ、教会法は聖権として俗権である王権などを制限していた。自然法は、法の根拠を示し、法とは、人が誰でも保有する道徳的な感性に基づいていることを示している。自然法がなければ法の存立根拠が失われてしまうのだ。

世界史で必ず習うフランス人権宣言は、正確には「人および市民の権利宣言」(1789年)と言う。なぜ、「人」と「市民」の二つの言葉が重なっているのか?人としての譲り渡すことのできない自然な権利(自然法による)をもつ「人」が、法のもとで権利を行使し義務をはたす「市民」として存在しているという意味で二重の意味が重ねられているのだ。自然権としての人権は、法により保障されなければならない。それこそが立憲主義の本義だ。しかし、冒頭に述べた政治の流れは、その本義を無視している。一体、私たちの憲法と人権はどこへ行くのだろうか?

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プロフィール

白崎一裕

Author:白崎一裕
1960年生まれ。とちぎ教科書裁判(現在のところ結審しているので元)<本人訴訟>原告。今後の裁判を準備中、反貧困ネットワーク栃木共同代表、ベーシックインカム・実現を探る会代表。

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